徳島地方裁判所阿南支部 平成5年(ワ)32号 判決 1994年8月12日
主文
一 被告は、原告に対し、三八二三万五一七〇円とこれに対する平成二年三月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを四分し、その三を被告の負担とし、その一を原告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
請求元金額を五二三〇万一五七七円とするほかは主文第一項と同じ。
第二事案の概要
一 争いのない事実
1 本件事故の発生
日時 平成二年三月二七日午後六時二〇分ころ
場所 徳島県阿南市長生町上荒井楠ノ前一〇番地の八先県道上
加害車両 普通乗用自動車(徳島五七す二八七〇)
右運転者 被告
被害車両 自転車
右運転者 原告(昭和一五年四月一八日生)
事故態様 原告が自転車に乗つて県道を横断中、走行してきた加害車両と衝突した。
2 原告は、本件事故により、脳挫傷、脳室内出血、硬膜下水腫、左上腕骨・第一中手骨・下腿骨開放性の各骨折の傷害を負い、事故当日の平成二年三月二七日から平成三年七月一三日まで四七四日間阿南共栄病院に入院し、平成三年七月一五日から平成五年一二月一八日まで八八八日間徳島ロイヤル病院に入院して、それぞれ治療を受けた。
3 被告は、自賠法三条による損害賠償責任を負う。
4 原告は、自賠責保険から一三八三万円の支払を受けた。
また、被告は、阿南共栄病院での治療費二三三万九九四三円、付添看護料として三六二万六一四六円、賠償金の内払として六四万五八四一円の支払をした。
二 争点
1 損害額
(一) 原告の主張
(1) 治療費 三三九万四六一二円
ⅰ 阿南共栄病院及び徳島ロイヤル病院での自己負担分である。
ⅱ 徳島ロイヤル病院での入院は、主として身体の機能回復を目的とするリハビリのためのものであつた。
ⅲ 右入院は、症状固定後のものであるが、原告のような重度の後遺障害がある場合、リハビリをしないでほとんど寝たきりの生活をするのは機能低下を招くおそれがあり、機能回復ないし機能維持のためにリハビリをすることが必要不可欠であつた。
ⅳ したがつて、徳島ロイヤル病院への入院は、合理性があり、本件事故と相当因果関係があるというべきである。
(2) 入院雑費 一六三万四四〇〇円
一日一二〇〇円×一三六二日(=入院日数・四七四日+八八八日)=一六三万四四〇〇円
(3) 入院慰謝料 六〇〇万円
入院期間一三六二日として、右金額が相当である。
(4) 休業損害 三八四万四九八四円
ⅰ 原告は、昼間は夫の営む畳店で畳床の製造に従事するほか、家事一切をきりもりしていた。
ⅱ したがつて、原告の休業損害は、全国の女子労働者の平均賃金を基準に算定すべきであり、左のとおりとなる。
二九六万〇八〇〇円(平成二年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計五〇~五四歳女子労働者の平均年収額)÷三六五日×四七四日=三八四万四九八四円
(5) 後遺障害慰謝料 一二〇〇万円
後遺障害等級五級と認定されており、右金額が相当である。
(6) 後遺障害による逸失利益 三五七五万七五八一円
ⅰ 原告の労働能力は、一〇〇%喪失している。
原告は、査定事務所からは後遺障害五級(労働能力喪失率七九%)と認定されたが、四肢体幹機能障害の程度は重く、自発性欠如・高度痴呆・言語障害が強く見られる状態であり、食事・入浴・用便がかろうじて自分でできる程度で、畳製造の手伝いはもちろん、家事も全くできない。原告がするのは、庭での草むしりだけであり、その際の歩行も腰をかがめて変則的に足を動かさざるをえない状態である。
ⅱ したがつて、原告の後遺障害による逸失利益は、左のとおり算定される。
二九六万〇八〇〇円×一二・〇七七(一七年間に対応する新ホフマン係数)=三五七五万七五八一円
(7) 弁護士費用 四〇〇万円
(二) 被告の主張
(1) 治療費について
ⅰ 原告は、平成三年七月一三日に症状固定の診断を受けた。
ⅱ 症状固定後の治療すなわち徳島ロイヤル病院での入院治療は、したがつて本件事故と相当因果関係があるものとは認められない。
(2) 入院雑費について
徳島ロイヤル病院での入院は、本件事故と相当因果関係がないから、入院雑費も右入院期間については認められない。
(3) 入院慰謝料について
右と同様の理由で、入院慰謝料は、平成三年七月一三日までの入院期間を基準にすべきであり、三〇〇万円が相当である。
(4) 休業損害について
ⅰ 原告方は畳店を経営しているから、その畳店の収入額から原告の収入額を算出し、それを基準にして休業損害を算定すべきである。
ⅱ 仮に平均賃金によつて休業損害を算定するにしても、実態に合わない全国平均ではなく、徳島県における五〇歳の女子労働者の平均賃金(年収一六五万八六〇〇円)を基準とすべきである。
(5) 後遺障害慰謝料について
七五〇万円が妥当な金額である。
(6) 後遺障害による逸失利益について
ⅰ 原告が後遺障害五級の認定を受けたことは当事者間に争いがない。
ⅱ そうとすれば、その労働能力喪失率は七九%とすべきであり、自賠責保険による認定に反する主張は認められるべきではない。
ⅲ 原告の収入は、休業損害について主張したところと同じである。
2 過失相殺の割合
(一) 被告の主張
過失割合は、被告三割、原告七割とすべきである。
(1) 本件事故は、幹線道路上で、夕刻の帰宅ラツシユ時のものである。
(2) 原告は、左右の安全をよく確認せずに、道路を直角に横断するように飛び出し、道路中央付近で一旦速度を落として停止しかかつたものの、結局停止することなく腰を浮かしてペダルを踏んで、被告進行車線に勢いよく飛び出して、本件事故に遇つたものである。
(3) 本件事故は、路外から道路に進入した車両と道路を直進する車との事故であるが、このような場合、路外から道路に進入する車に左右の安全を確認する注意義務があるから、基本的な過失割合は、直進車三割、進入車七割と考えられている。
(4) 以上から、過失割合は、原告七割、被告三割とするのが相当である。
(二) 原告の主張
(1) 本件事故現場は、制限速度五〇kmの見通しの良い直線道路であり、被告の前方見通しは一〇〇m以上あつた。夕刻であつたが前照灯なしで前方の視界は十分であつた。
(2) 被告は、時速七〇ないし八〇kmで進行し、道路右端に横断しようとしている原告の姿を認めたにもかかわらず、対向車に視線を移したため制動をかけるのが遅れ、原告と衝突して原告を三一mもはね飛ばした。
(3) 本件事故が被告の速度の出し過ぎと前方注視義務違反によつて発生したことは明らかであり、被告の職業が警察官であることを考慮すると、被告の過失割合は大きいというべきである。
(4) 原告は、毎日畳店と自宅の間を往復するために道路を横断していたのであり、横断には注意を払つていた。原告は、いきなり道路に飛び出したのではない。おそらく加害車両を認識したが、それが接近する前に自転車で十分横断できるものと考えたところ、被告が予期せぬ猛スピードを出していたために、本件事故になつたものと思われる。
(5) 以上から、原告の過失割合は微々たるものであり、過失割合は、被告九五%、原告五%とするのが相当である。
第三争点に対する判断
一 損害について
1 治療費及び付添看護料について
(一) 弁論の全趣旨によれば、阿南共栄病院における治療費及び付添看護料のうち、既に被告が支払つた分はそれぞれ二三三万九九四三円、三六二万六一四六円で合計五九六万六〇八九円であつたことが認められる。
(二) 証拠(甲二五)によれば、阿南共栄病院での治療費のうち、原告が負担したのは、四万〇三六三円であることが認められる。
(三) 徳島ロイヤル病院における治療は、症状固定と判断された後のものであるが、証拠(甲二の一、二、証人仁木恒之)によれば、身体機能の維持・改善に大きな役割を果たしたことが認められるから、その費用は、本件事故と相当因果関係にある損害と認められる。
(四) 証拠(甲二六ないし八七)によれば、徳島ロイヤル病院の治療費のうち原告が負担した金額は三三五万三七四九円であることが認められる。
(五) 以上を合計すると、九三六万〇二〇一円となる。
2 入院雑費 一一〇万一六〇〇円
阿南共栄病院での入院期間については一日一二〇〇円、徳島ロイヤル病院の入院期間については一日六〇〇円を損害として認める。
一二〇〇円×四七四日+六〇〇円×八八八日=一一〇万一六〇〇円
3 入院慰謝料 三六〇万円
右金額をもつて相当とする。
4 休業損害 三八四万四九八四円
証拠(甲一九、証人仁木)によれば、原告は、昼間は夫の営む畳店で畳床の製造に従事するほか、家事一切をきりもりしていたことが認められる。
そうすると、原告の休業損害は、全国の女子労働者の平均賃金を基準に算定するのが相当であり、左のとおりとなる。
二九六万〇八〇〇円(平成二年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計五〇~五四歳女子労働者の平均年収額)÷三六五日×四七四日=三八四万四九八四円
5 後遺障害慰謝料 一二〇〇万円
(一) 証拠(甲二の一、二、証人仁木)によれば、原告の後遺障害としては、自発性欠如、失見当識、記銘力障害、高度痴呆、右半身不全麻痺、四肢体幹機能障害(関節可動制限は軽度であるが、四肢体幹の筋力低下があり、両手指巧緻性障害が著明である。)、言語障害があり、意思の疎通が十分できない状態で、就労不能と診断されていること、自賠責保険から後遺障害五級と認定されていることが認められる。
(二) 右認定の事実によれば、後遺障害に対する慰謝料としては、一二〇〇万円をもつて相当とする。
6 後遺障害による逸失利益 三一四二万三三二六円
前記認定の事実によれば、原告は、その労働能力の九二%を喪失していると認めるのが相当である。そうすると、逸失利益は、左のとおり算定される。
二九六万〇八〇〇円×一一・五三六(一六年間の新ホフマン係数)×九二%=三一四二万三三二六円
7 以上1ないし6の合計は、六一三三万〇一一一円となる。
二 過失相殺について
1 証拠によれば、本件事故現場は、制限時速五〇kmの見通しの良い直線の幹線道路(歩車道の区別あり。片側一車線・合計二車線)とこれにほぼ直角に交わる幅四~五mの道路との交差点であり、被告の前方見通しは一〇〇m以上あり、事故当時は夕刻であつたが前照灯なしで前方の視界は十分であつたこと、被告は、時速約七五kmで進行し、道路右端に横断しようとしている原告の姿を認めたが、次々と進行してくる対向車に視線を移したため原告が横断しはじめたのを発見して制動をかけるのが遅れて本件事故に至つたことが認められる。
2 右認定の事実及び本件事故は車両同士の事故ではなく車両と歩行者との事故に準じて過失の割合を判断すべきであることを考慮すると、過失の割合は被告九割、原告一割とするのが相当である。
三 前記認定の損害額六一三三万〇一一一円に被告の過失割合である九割を乗じると五五一九万七一〇〇円となるが、これから既に支払われた合計額二〇四四万一九三〇円(=一三八三万円+二三三万九九四三円+三六二万六一四六円+六四万五八四一円)を差し引くと残額は三四七五万五一七〇円となる。
弁護士費用は、三四八万円の限度で本件事故と相当因果関係にある損害と認める。
以上から、原告の本訴請求は、三八二三万五一七〇円(=三四七五万五一七〇円+三四八万円)とこれに対する本件事故の日である平成二年三月二七日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、主文のとおり判決する。
(裁判官 加藤謙一)